第34号 2015年(平成27年)2月8日 (5) |
平成26年9月6、7日、第67回鴻陵祭が開催されました。スローガンは「ありのままの鴻陵魂見せるのよ〜」。
三年生は演劇、二年生、一年生は模擬店などでのクラス参加、文化系各部・同好会による研究発表やパフォーマンスなど、例年通りの賑わいでした。
今回の同窓会は、談話スペースに加え、創立七十周年記念祝賀会の模様を伝える写真パネルの展示、さらに恒例となった中村祐次先生(一期生)の指導による墨彩画体験教室を実施しました。 七十周年記念祝賀会に合わせて新調した大判の同窓会旗(縦2メートル横3メートル)を会場に掲出したところ、訪れたみなさんが旗の前で記念撮影。思わぬ形で人気となりました。 |
校門を入ってすぐの左手に葛南分校記念碑が、正面の『輝』像の前に説明板が設置されました。 |
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千葉県立国府台高等学校葛南分校記念碑 千葉県立国府台高等学校葛南分校は1951年4月葛南地域初の高等学校として南行徳中学校(現南行徳小学校)内に開校した。
葛南三町長(行徳・南行徳・浦安)と有志の熱意及び当時の千葉県立国府台高等学校長の支援による。 1981年3月の閉校までに定時制649名と普通科1年150名が在籍した。 海溝60周年を記念して跡地(内匠堀)と母校に記念碑を建てる。 2013年6月 千葉県立国府台高等学校同窓会(鴻陵会)
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『輝』像について
塑像『輝』は、彫塑家藤野舜正により制作された。藤野氏の令嬢が12期に在籍していた
縁から、藤野氏の作品を12期生卒業記念として学校に残そうということになった。当時の
内藤校長が限られた予算を案じながら依頼したところ、藤野氏は「国府台が好きですから」
と快諾されたと伝えられる。1960年3月9日に除幕された。母校のシンボルとして親しまれるようになった『輝』像だが、母校の発展を見守り続けて半世紀を超え、痛みが甚だしくなった。そこで、母校創立 70周年を機に、『輝』像制作助手 である久保田俶通氏に本格的な修復を施していただいた。あわせて来歴をここに記す。
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国府台野球部父母会は、 野球部のサポート、応援など協力し合って活動しています。 2012、2013年夏、秋の大会での善戦を目の当たりにし、 感動に胸が熱くなりました。 先輩方の意志を受け継ぎ、吉田監督の下、日々練習に励んできました。 昨年新チーム発足当初の練習試合では、ポジションも定まっておらず散々な結果に……前途多難の幕開けでした。そして 早朝から夜遅くまで地道に練習を積み重ね、秋季大会、春季大会と残念ながら県大会には出場できませんでしたが、着実に力をつけていると感じました。 市内大会での昭和学院との試合は、お互い一歩も譲らない攻防戦となり、勝利には届きませんでしたが、見応えのある試合でした。3年生最後となる夏の大会 では、1年生バッテリーの活躍で緒戦突破、 グランドに響く校歌は 部員、父母会一同にとって感慨深いものでした。残念ながら2回戦で敗退となりましたが、これからまだ伸びるチームであり、今後はもっと活躍が期待できま す。 同窓会、OBの方々から熱いご声援をいただき ありがとうございました。これからも国府台野球部の応援をどうぞよろしくお願いいたします。 |
平成26年3月に10名の先生方が転出されました。 校長 古山 弘志 (市川市立第四中) 教頭 田中 一夫 (関宿校長) 国語 高野 倫 (船橋[定]) 数学 泉 義弘 (実籾) 理科 米山 知諭記 (松戸馬橋) 外国語 櫻井 俊行 (退職) 外国語 鎌田 康慎 (神奈川県立横浜平沼) 国語 牛口 敬一 (退職) 主査 桐澤 紀美子 (松戸南) 主査 澤西 亜紀子 (船橋) 敬称略
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